CHAPTER
THREEより良い教育へ、卒業生が贈る言葉
#09 反省を次代に生かす
卒業生だから言える!
授業の改善提案
卒業生の言葉に見る
学生時代の学びに対する反省
今回の『東京薬科大学卒業生調査』を通じて、5,000人を超える卒業生が、学生時代の学びや人間関係の中で成長し、それを糧に現在もイキイキと人生を生きていることが明らかになった。90%に迫る数の卒業生が「学生時代に満足している」と答えているように、東京薬科大学での思い出は、卒業生にとって人生の宝物になっていることだろう。
とはいえ学生時代に不満や反省がまったくなかったわけではないはずだ。卒業生が自由記述欄に記した言葉から不満や反省、批判に関わる言説をKJ法(第3回)でグループ化し、薬学部、生命科学部それぞれの「反省的言説」をまとめた。これらの卒業生の率直な言葉を詳しく読み解き、次代への教訓として提案したい。
薬学部の反省的言説
「国家資格免許が役に立つのは確かだが、国家試験に合格すればよいというわけではなく、大学よりも卒業後に学ぶことが多い現状を踏まえて、教育と研究の意義を考えよう」
- 仕事に必要な知識とスキルは、社会人になってはじめて分かる
- 勉強することが多く、学ぶ楽しみとゆとりに欠ける
- しかしながら、きつい勉強をこなせば、忍耐力だけでなく、自信もつく
- 大学では、知識だけに囚われず、より大切な思考とスキルを身につけるべきだ
- 大学の役割を考えよう
-「教育と研究」「教師と学生」、それぞれのバランスが欠けていないか-
生命科学部の反省的言説
「キャリアと人生を考える“学びのコミュニティー”ができているか」
- 本学の学びから、「人生と生活を支える土台ができた」
- しかし、学びの共同体が構築されているか、疑問がある
―学習成果は学生および教職員の共同作業- キャリア展望が不明
- サボる学生が少なくない
- 不人気教師がいる
- 学生と教職員の一体感が大事
「授業」と「教師」
「学生」「カリキュラム」
の間に響く不協和音
次に、卒業生の反省的言説を踏まえつつ、卒業生が大学教育のどこに課題を感じているかをあぶり出した。
「問44 授業・カリキュラム・教員の指導など本学が改善すべきであると思う点などについてご意見をお聞かせください」という問いに対する卒業生の自由記述の中から、頻出する言葉(名詞)を抽出した。言及が多い言葉は、それだけ関心が高いと考えていい。それを見ると、薬学部の卒業生では、「薬剤師」「国家試験」という言葉の頻出が際立っている。生命科学部では、授業の「英語」や「研究」といった言葉の登場頻度が高い。
続いて、名詞(サ変名詞、および複合語を含む)同士の組み合わせにも注目する。例えば、「授業」と「カリキュラム」、「教師」と「学生」など、ペアで登場する頻度の高い言葉の組み合わせを抽出し、そこで語られている内容を分析した。
まず見えてきたのが、「授業」をめぐる「教師」と「学生」、そして「カリキュラム」という三者の間にある「不協和音」、すなわち不整合だった。例えば「教師」と「授業」に関連する言説では、「教師の授業力の差」が語られている。薬学部の卒業生の「授業」-「教師」ペアが登場する記述には、「授業力をアップしてほしい」といった声が少なくない。生命科学部でも「授業」-「先生」という言葉の組み合わせを含む記述にも、「先生によって授業の分かりやすさに大幅な違いがあった」といった内容が見られた。
また「授業」と「学生」という言葉の組み合わせを含む記述からは、「授業を通じて興味を引き出してほしい」と願っている受け身的な学生の姿が浮かび上がってきた。
名詞・サ変名詞・複合語の
共起ネットワーク:薬学部
「理想のカリキュラム」は
それぞれ違う
「授業」をめぐる3つの不整合のうち、「授業」と「カリキュラム」との関わりにおいては、卒業生の間にある「カリキュラムに対する考え方の違い」が鮮明になった。
まず薬学部の卒業生が求めるカリキュラム・授業は、次の4つに大別された。「大学理念重視型:学生の要望よりも大学の理念を明確に打ち出したカリキュラム」、「基礎理論重視型:社会に直結する実学よりも、基礎の薬学理論を重視したカリキュラム」、「仕事重視型:理論的なことよりも仕事に役立つ内容の授業」、「国家試験重視型:国試に不必要な科目は選択制にし、受験対策に偏った授業」だ。
一方、生命科学部の卒業生では、「知識のジャンルが広いために、カリキュラムの体系が伝わっていない」「知識の使い方が分かるような問題解決型のカリキュラムを強化してほしい」「実践に役立つ知識カリキュラム(英語・情報・統計・教職などの資格的スキル)を準備すべきだ」「研究志向のプログラムを強化すべきだ」「社会経済系の教養知識の重視と多様な人的交流を増やすべきだ」など、カリキュラムや授業に対する多様な考え方が垣間見えた。
3方向から解消する
授業をめぐる不整合
では授業をめぐる3つの不整合を解消し、教師と学生、カリキュラムが調和するためにはどうしたらいいか?卒業生が語る言葉から改善策を探った。
まず「カリキュラム」と「学生」の間において、卒業生は「英語」「統計」「コミュニケーション力」に関わる科目を推奨しており、科目選択の幅を広げることが両者の不整合の解消に役立つ可能性が示された。一方「教師」と「カリキュラム」の関係においては、多様なコース設定や、クラス分け・選択制の許容など授業システムの設計における改善策が語られている。
また「教師」-「学生」間では、コミュニケーションの構築の重要性が語られている。低学年から師弟関係を構築し、密なコミュニケーションを通じて研究の教育的意義を学生が理解でき、授業との不整合も解消されるというわけだ。
授業をめぐる不協和音を相互理解するコミュニケーションと授業システム設計のための改善提案
教育と研究、どちらを大切にするべきか?
「授業」をめぐる不協和音に次いで多かったのが、「研究室」、すなわち「研究」をめぐる不協和音だった。教育と研究のどちらを大切にするか。これに関しては、卒業生の間でも意見が分かれる結果になった。薬学部では、教育と創薬研究の両立を求める「両立派」と、研究よりも薬剤師教育の優先を求める「分離派」に、はっきり二分された。
生命科学部の卒業生においては、多様な進路が影響してか、教育や研究に対する考え方も多様だ。教育と研究関心が一致する「一致派」、研究よりも実用的な教育を求める「不一致派」に分かれ、特に大学院に進学した人としなかった人によって違いが出た。
その一方で、薬学部・生命科学部のいずれにも、「研究の経験が多様な仕事に有益だ」と指摘する「研究の教育的意義派」も一定数存在した。
教育か、研究か。どちらかに注力するのではなく、どちらも追求しつつ、「研究の教育的意義」を高めていく。それが今後の大学教育に求められることかもしれない。
卒業生の活躍の中にこそ、教育のヒントはある
卒業生の言葉から、薬学部、生命科学部それぞれに固有の改善課題も見えてきた。
薬学部では、薬剤師教育や国家試験勉強の是非について、薬剤師になった人とならなかった人とで大きく意見が分かれた。6年制の導入後、薬剤師になる人が増えてはいるが、卒業生の中には「病院・薬局以外の仕事についての情報やカリキュラムを提供してほしい」という声もあった。時代の変化とカリキュラム観の違いをうまく整合させれば、より良い教育が見えてくるかもしれない。
一方生命科学部では、学部の特徴がカリキュラム観の違いにも鮮明に表れる結果となった。卒業生の言及が、「英語」「資格的スキル」「教養」「多様な人的交流」の4つに集中。これらは「挑戦するキャリア」を生き抜くための付帯条件といってもいい。多様な進路で挑戦的なキャリアを生き抜く生命科学部の卒業生ならではの視点での改善提案といえるだろう。さらに「卒業生」という単語を含む記述を読み解くと、多くの卒業生が卒業時に抱いた不安を克服し、今も元気に活躍していることがわかる。また、「こんな仕事もあるんだ」という卒業生の経験を在校生に伝えたいとも言っている。卒業生の活躍リストは、すなわち生命科学部の財産目録だ。この財産の有効な活用こそが、大学で本当に身につけるべき実用的な知識やスキル、そして教養が何かを教えてくれそうだ。
記事一覧
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※文中のデータは、特記がある場合を除いて全て「東京薬科大学卒業生調査(2017)」によるものです